ださいのください

文系大学院生のブログです。

自己肯定感の低さから来る話下手を治そうとしている話

新学期が始まって1ヶ月ほど経とうとしています。

無事に博士課程に進学して、いよいよアカデミックな道で生きていこうかという覚悟もできつつあります。

 

今日は、この春から克服しようとしている「話し方」についてまとめます。

 

尻すぼみで聞き苦しい話し方への自己嫌悪

私は基本的に人と会話することが好きで、ひょうきんな性格をしています。

でも修士に入学してから、議論するときにうまく自分の考えを話せないことがあり、M2になる頃には入念に準備したり気負わなくていい場面でしか自分が満足するように話せないな…と思うようになりました。

特にM2である面接をしたときに、尋ねられたことにうまく答えようと焦ってしまい、どのような順番で言うべきかを焦って考えると時間がかかり、そのせいで回答が遅くなりさらに焦り、結局溺れるような聞き苦しい話し方になる…という大失敗をしました。

他にも話し始めた途端に「本当にこの質問は良い質問なのか?」「自分は何を伝えたかったのか?」と、頭の中で自分を責めてしまい、結局頭が真っ白になり最後まで質問を言い切れない・ぐだぐだと話し続ける…ということが続きました。

聞き手の渋い顔を見る度に、申し訳ない気持ちが募り、負のスパイラルが続いて、つらかったです。

このままだとまじでヤバイ、しかもアカデミックで生きていこうとすると今後人前で話す機会も増えるし、なおさらヤバイ、と危機感を感じました。

研究のディスカッションだけでなく、友達と話していても言いよどむことが多くなり、話すことが辛いと思ったり、これが文系院生になることなのか?とか意味のわからないことまで考えていました。

 

負の連鎖を生む自己嫌悪は不明確で辛口な評価基準と評価へのスタンスからきている

博士課程のうちになんとか克服しないとやばいと奮起して、話し方を相談することにしました。

たまたま筑波時代に知り合ったフリーアナウンサーの三木さんに相談をすることにしました。

フリーアナウンサーで即興女優・三木恵の「心を動かす話し方」

 

相談をする前に、自分でうまく話せない原因を考えていたときに

  • 短時間で一番伝えたいことを整理することができない→プロセスから説明し始めたり説明が冗長になったりする
  • 早口過ぎて、思考する速度が話す速度についていかない
  • 一度にあれこれ考えて落ち着きがないからワーキングメモリが足りなくなり真っ白になる

ということを整理していました。

いざ相談をしたところ、この自己分析とは違う結論にたどり着くことになりました。

そのきっかけが、なぜ一度にあれこれ考えてしまうのか?という問いについて深めてもらったことです。

私は普段から落ち着きがない多動だと自負しているので、自分が「そういう性格だから」で思考停止をしていました。

考えてみると、相手がどう思うかや、自分がどのように評価されているのかを気にしすぎていることに気がつきました。

「こんなこと言っても自明な問だと思われたら評価が低くなってしまう」「理路整然と述べるようにしないと伝わらない」「これは的を得た問や意見なのか?」「これを発言したことでこの議論は発展するのだろうか?」といった具合で。

人からの評価を気にせず話し始めたとしても、途中でこの思考が始まることが多いです。

「やばいオチがない」「何をいいたいんだ自分は、話が下手か?」と辛口な自己評価をしてしまい、頭の中はそれでいっぱいになり、メンタルも削れ、会話が尻すぼみになっていました。

 

抽象的な理想像だからいつまでも到達しない

自己肯定感が低いのは以前から自負していたので、やっぱり自己肯定感低いんだな〜我ながら自分が気の毒だな〜という風に思っていたところ

どのように話せたら自分はうまく話せたと満足するのか?

と尋ねられました。

なんとなくウケたときとか、相手が笑っているとか、会話が弾むとか、自分なりのしっくり感…みたいなことを言っていたら、「それってどうやってできたと思えるの?」と指摘をしてもらいました。

確かにこれ、ちゃんと自己評価できるための基準ができてないじゃん!と、ショックを受けました。普段は教育評価の勉強もしているというのに(笑)

理想の姿が抽象的だと、そこを満たしているかどうか判断することが難しいですもんね。

自己承認もせず他者評価の受容も拒む自分

では、理想の話し方が具体的になったら自分は満足するのだろうか?と思うと、そうではないと思っています。

理想が具体的になることは、到達しやすい分、特定の文脈や場面でしか適応できなくなり、柔軟性に欠けてしまいます。「話し方」はあらゆる状況で求められる汎用的なスキルなので、個人的には「理想の話し方」は、ある程度の抽象性のまま留まるだろう、とも考えています。

そこで、状況ごとに応じて「認める人」がいるとありがたいな、と思ったのですが、私は自己肯定感が低いので自分自身を認めることが苦手です。なので誰かから褒めてもらいたい、と思うタイプです。

「自己肯定感が低いから自分を認めることができない、だから他者評価をもらいたいと思う。」と伝えたところ、「他の人からは全く褒められたりしないの?今話している限り、自信をもっと持っていいと思うけど」と言ってもらいました。

振り返ると、ダメダメなときもあるけれども、褒められたこともあるし、気にしないでいいよと言われることも少なくない。

あれ、他者評価もらってるじゃん?

さらに振り返ると、そのような肯定的な評価をもらうと「いやいやそんなことないです」と、謙遜というよりも、その他者評価を受け入れることを否定することに慣れてしまっていると気がつきました。

その結果、自分でも自分を認められないし他者からの評価も認めない、頑固な自己承認拒否をしていることに気がつきました。

自己承認もせず他者評価の受容もしなかったら、そりゃ自己肯定感下がるよ!!と、我ながら苦笑していました。

あと、せっかく褒めてくれたのにそれを頑なに拒むのって、相手にも失礼だなと反省しました。褒めてほしいと思ってるくせに。(これをカジュアルに言うとメンヘラというくくりになるのだと思う)

 

心当たりのある努力がないと自分を認められない病

さらに自分を認めるときってどんなときかと思うと、心当たりのある努力があるときだな、と気づきました。

個人的に、プレゼンが褒められたら「頑張ったし!」と心当たりがあるから嬉しいと思う、

でも、とっさに話したときや、即興で答えた意見で褒められた時は「お世辞なんだな」と思いがちです。

根っからの努力至上主義者と自負しているのですが、冷静に考えるとこの性格のデメリットは

  • 休憩を取ることや軽くこなしたタスクに対して罪悪感を抱くので、他者評価の受容を拒む原因となる
  • 自分の努力の基準が不明瞭だと無意識に基準が上がり、毎回ハイクオリティを目指そうとして疲弊しかねない
  • そこまで労力を割かなくていいことにも力を入れすぎる可能性があるので、効率が悪くなる可能性がある

他者評価を受容し、自己承認をするための一歩は、ガチガチすぎる努力至上主義を緩めることでもあると気づいてきました。

 

まずは他者評価を受容すること、自分を「承認しないことはない」ことから始めようとしている

これまでの話をまとめると、自分が自信をもって話せずパニックになる理由として、次の3つにまとめられます。

  1. 理想の話し方が明確でないから、過度に相手の評価を気にしたり、いつまでも「うまくできた」と感じられないからつらい(=基準の問題)
  2. 他の人が認めてくれてもそれを受容する姿勢がないからつらい(=他者評価の受容の問題)
  3. 心当たりのある努力がないと自分を認められないからつらい(=自己評価の問題)

 

できるところから改善をしていこう!ということで、自分なりに次のことを意識するようにしました。

失敗への懸念よりもリカバリーに対して重きを置く

最近は、失敗を懸念してオーバーフローになり尻すぼみな話し方になるよりかは、それを気にせずまずは堂々と話して、失敗したら柔軟に切り替えていこう、という考え方を刷り込ませようと意識しています。

三木さんとお話をする中で、人って他の人が話していることに対してあまり意識を払っていない、ということで盛り上がりました。笑

もし友人がうまく話せていなくても気にしないことが多いし、うまく話せなくてもあとでリカバリーしたらどうにかなることのほうが多い。評価するのも結局は他人なので、話す前から心配をしていても無駄なところもあるなと。

なので、「まっいっか!次いこ!」と切り替えるようにしています。

最近はこれを意識してから、なんかうまくいってる感じがしています。

他者評価を受容する割合を増やすようにする

自分の心当たりのある努力量に関わらず、他者評価を素直に受け入れるようにしようと意識しています。

もちろん手放しで受容したり他者評価を鵜呑みにすることは良くないと思いますが、もう少し受け入れて自分の強味と弱味について理解できるようにしていきたいな、と考えています。

自分を「承認しないことはない」ようにする

素直に自分を認めるようにする、といいたいのですが、自分にはもう少し足場がけが必要なので、「承認しないことはない」ようにしています。帰無仮説の棄却みたいな言い方ですね。

具体的には、会話中に

  1. 失敗の懸念(「これ的外れかな…」「早く言わないと相手を待たせちゃってる」など)
  2. 頭の中でのネガティブな反省会(「ウケなかった」「的外れだったみたい」など)

の回数を減らしています。

省察は会話が終わってからじっくりするようにしています。

(この2点は相手のことを考えて話すために必要な姿勢でもあると思うので、減らすバランスに気をつけたいなと思います。)

ゆくゆくは、ポジティブな心持ちになったり、素直に自分を認められるようになりたいなと思います。

 

 

自己啓発系の本でも見かけるような文言も並びましたが、個人的には自己分析を踏まえると、納得感が違うなーと思いました。

パニックになる、うまく話せなくなる…というほどに頑固でこびりついた自己肯定感の低さを少しは軽減していきたいと思っています。

 

今回まとめたこととは別のアプローチでも、引き続き話し方の改善をしていく予定です。がんばります。